Basso Continuo's Music Page
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さて、これからバッハのインヴェンションの第1番を 徹底解剖してみます。 バッハのインヴェンションといえば、 バッハ入門の代名詞。 さらに言うなら、 初心者にとっては「あまり取っつきやすくない曲」として有名、 これがきっかけでバッハ嫌いになる人が多い(笑)。 一方、 ある程度ピアノの技術がアップした人は あまり振り返られることもない、 そんなわけで、 ともすると素通りしてしまいがちかもしれませんが、 その奥の深さ、 内容密度の深さはもう・・・ 「すごい」の一言です。 ショパンのバラードはすばらしい曲かもしれませんが、 この曲に比べたら音の密度、 内容の濃さなんてもう比べるだけ野暮・・・ あ、これは暴言! 実は私はアンチショパンなんです(^^;)
話がそれました。
それでは早速・・・。
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まず、 全体の構成を鳥瞰してみます。 ちらりと見ればおわかりかと思いますが、 この曲は、以下の3部分に分かれます。
第1部(1〜6)
第2部(7〜14)
第3部(15〜23)
今回は、第1部分、 最初の6小節を調べてみましょう。 この6小節は、更に以下の2小節ずつに分けることができます。
第1部分(1〜2)
第2部分(3〜4)
第3部分(5〜6)
まず、冒頭の2小節です。
ここに示した楽譜が冒頭の2小節を示しています。 色々書き込みました。 この曲はほとんど図に示した(A)と(B)の音形のみから作られています。 この音形(A)がまた順次進行(音階的進行) と跳躍進行(分散和音的進行) が 絶妙にブレンドされた音形。 更に(B)が実にうまく(A)に対位していることか。 さて、 (A),(B)が組み合わさった第1小節後半の「主旋律」はどちらでしょう? 対位法の曲だからどちらが主旋律と言うことはない? あなた、 先に答え言っちゃだめですよ。 「この曲は対位法によって書かれた曲である」 なんて結論を先に持ってくるのは反則です。 無理矢理考えてみるんです(^^;)。 全曲の楽譜をざっと見てみると (A)のほうがあきらかに(B)よりも優勢です。 じゃあ最初の部分は(B)は(A)の「伴奏」なのか、 そうではないですね。 右手の旋律は便宜上(A),(B)と分けましたが、 歌ってみると実に自然な旋律形ですね。 従って、 ここでは右手に主旋律があるようにも感じられます・・・ と悩むのが「対位法」なんです(爆) 「阿呆、そんなこと、わかりきったことだ、 この曲はそもそも『対位法』で書かれた曲なんだ。 今更どうしてそんなに悩むのか」 と馬鹿にしないでください。 「対位法の曲だから」 「対位法の曲ではないから」 という区別はそれほど簡単に付けられるものではありません。 「対位法で書かれた曲」 と一般に言われていない曲でも、 同じ様な局面に遭遇することがあります。 以下の譜面をご覧ください。
この曲はcis-moll(嬰ハ短調)なんですが、 この部分、 半音階を軸に八分音符を主体にした旋律が対位しています。 主旋律は明らかに八分音符主体の側にありますが、 半音階も大変重要な動きですね。 ここにも「複数の旋律の絡み合い」が見られます。 インベンション1番ほどではありませんが、 「どちらを、 より『歌わせる』べきか」 となると、 やはり一瞬迷うところです・・・ お気づきの方もおられるかと思いますが、 実はこれ、 ショパンのワルツOp.64-2の一部分です。 複数の旋律の絡まり、 というのは このように 「対位法」の冠をかぶっていない曲にも たびたび現れ、 作品に様々な陰影を与えてくれるんです。 そういう意味でも「複数旋律の絡み」を、 あからさまに、 最も単純な形で見せてくれるインヴェンション1番の価値は 甚だ高いと思います。
話が横にそれました。 2小節目に行きます。 1小節目がC(ハ)を中心に動いていたのに対して、 2小節目は5度上のG(ト)を中心に動きます。 この2小節で主音中心の動きと属音 (5度上の音) 中心の動きを見せているわけです。
ところでこの、 「主音と属音、 あるいは主調と属調を並べて呈示して、 調の確立をはかる」という手法、 実は、古典音楽を構成するときの常套手段です。 たとえば、
ソナタ形式:第1主題に対して、第2主題は属調
フーガ:主題(主調)と応答(属調)
こうした「古典音楽の常套的な構成方法」の1つを、 この2小節は非常に単純な形で示しているということができます。 この2小節で、 「主題素材の呈示」、 「調の確立」が完璧に行われているわけですね。 「完成された単純」 「必要にして十分」 という言葉がこれほど似合う音楽は、 なかなか無いと思います。
これに続く部分(3〜4小節)を示します。
ここでは、 最初に示した主題の「展開」が行われます。 右手の音形は、 主要音形(A)を反転(反行形)にしたものですね。 ("inversion"とは「反行形」と言う意味です。) また、 左手の音形は 主要音形(A)の前半を拡大(Augmented beginning)した物です。 ここで注意しなければならないのは、 左手の音形は、 拡大の結果、 八分音符のリズムになっているということです。 八分音符は音形(B)のリズムです。 そして、 音形(B)は(A)に対する「対旋律」です。 すなわち、 左手は、 「音形(A)を展開しつつ、 右手の音形(A)に対する対旋律としての役割を持つ」という 2つの役目を持っているということです。
さて、この3〜4小節と第1〜2小節を比べてみます。 最初の2小節では、 主音、属音をがっちりと呈示して、 ハ長調を確立していました。 しかし、 それに続く3〜4小節では、 和音は安定していません。 約1拍ごとに和音は変化していきます。 このため、 この部分は、 「展開的」あるいは、 「経過的」な印象を与えることになります。
それでは、 これに続く2小節(5〜6小節)を示します。
中段が曲の5〜6小節を示しています。 第1部分の終わりであるだけあって、 若干複雑な形になっています。
音形の面から見ると、 (A)と(A)の反行形とが両方出ています。 また、 5小節目で右手に現れる付点付きの音形は、 左の楽譜からも分かるように(B)の変奏形(variation)です。 すなわち、 5小節目は、
(A)→(A)の左右のやりとり(後半は反行形ですが・・・)
(B)が(A)に対位している
という要素で、最初の2小節に関連づけられます。
これに対して、 5小節目の後半から6小節目の前半にかけては、 (A)の反行形、 および、 左手に現れる(A)の前半の拡大した形によって、 第3小節〜4小節の要素を用いています。 第6小節の後半は、全く新しい音形を導入し、 また、 右手は32分音符、 高い音(G:ト音)などにより、 終止感を盛り上げます。
和音の面から見ると、 第3〜4小節にみられたような「経過的」な雰囲気は、 ここからはほとんど感じられません。 一方、 いきなり高い音が出現して盛り上がる点、 第1〜2小節のような安定した平静さとも異なります。 一方、 書法の面から見ると、 先ほどお話ししたように、 第1〜2小節と、 第3〜4小節の両方の要素を融合させたような形を持っています。 ここの部分は、 第1〜2小節の要素と第3〜4小節の要素の両方を組み合わせ、 これを発展させ、 最後にはこれまでの区分をいったんとりまとめて 終止する役割を担っているのです。
以上をまとめると、 最初の6小節は、 以下のような構成と考えることができます。
第1部分(1〜2):主題素材の呈示、主音と属音による調の確立。
第2部分(3〜4):主題素材の展開、調の揺れ、転調的経過的部分
第3部分(5〜6):これまでの部分の総合。終止部分。
「呈示・調の確立」 「展開」 「総合的終止」、 いずれも西洋古典音楽の基本的な構成法であることに注意してください。 この時代にはまだ「ソナタ形式」は まだそれほど普及・ 確立された形式ではありませんでしたが、 上の構成はソナタ形式を構成するときの 根本原理でもあります。 西洋古典音楽の基本的な構成方法をわずか6小節に凝縮して、 最も単純、 明瞭な方法で示す、 改めてバッハの技に敬意を表したいと思います・・・
・・・ううむ、 最初の6小節だけでこんなにスペースを喰ってしまいました。 この調子で続けていくと 全曲終わるまでに どれだけ書き込むことになるのだろう という悩みが発生しないでもないのですが、 とりあえず今回はこの辺で いったん区切ることにします(^^;)
※文中の楽譜は "MusicTime Deluxe for Windows 3.1 and 95"((C) 1996 Passport Designs Inc.)にて作成したものを ビットマップ化したものです。