Basso Continuo's Music Page
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2004年11月27日に、宇都宮市内、 「栃木県総合文化センター」で 「グローリアアンサンブル&クワイアー Vol.12」 という演奏会が催されます。 こちらに演奏会概要を掲載しています。 私は毎回この演奏会に鍵盤楽器担当として参加しています。 今回採りあげる曲は、 2人のフランスの作曲家「フォーレ」(Gabriel Fauré)と「デュリュフレ」(Maurice Duruflé)のレクイエム(Requiem, Missa pro defunctis)です。 さあ、 演奏会本番までに何が起こるのか、 また、 私は何をしでかしてしまうのか?(^^;)以下をご覧ください・・・
ご注意:
1.テキスト量が膨大になってきたので、以下のように分割しました。
「グローリアアンサンブル&クワイアー Vol.11」
の私の出番は少ない。
私は来年の「グローリア Vol.12」の下準備を開始する事にした。
曲目は知らされていた。
フォーレとデュリュフレのレクイエムだ。
すでに私はチョンミョンフン
が指揮しているCD<注>を9月末に購入し、
10月末には両者の管弦楽總譜も購入していた。両曲とも、鍵盤樂器は「オルガン」が重要なパートとして登場する。おおっしゃぁ、久しぶりに暴れてやるぞぉ☆\(--;)
しかしちょっと待てよ? 私はこの2曲をもう一度見つめ、自分自身を振り返る。 フォーレとデュリュフレはそれぞれ19世紀後半、 20世紀の曲だ。 この時代の音樂に関する私の知識、 経験は非常に少ない。 2002年の「グローリアVol.10」のバッハのように「親しんで」いないのだ。 更に私は未だ鬱病からの回復途上。 体力的にはまだ「爆弾」が完全には消滅していない。
スコアを読み終えての感想… 「この2曲は今の俺には多すぎる?」
※註:
"FAURÉ·DURUFLÉ·REQUIEM" チョンミョンフン指揮・サンタ・チェチーリア国立アカデミー合唱団・管弦楽団/Deutsche Grammophon。
なお、
このCDでは指揮者を「チョンミュンフン」と表記してあるが、
ハングルで書かれた指揮者名を見ると、その発音は
である。
從ってこのページでは、勝手ながら「チョンミョンフン」と表記します(^^;)。
そういうわけで私は「工作」を開始した。 11月10日の「グローリアVol.11」の練習日、 合唱練習ピアニストのM.S.さんに「来年の演奏会へ向けて鍵盤奏者の『協力体制』を組みましょう」と、 相談を持ちかけたのだ。 M.S.さん自身も「本番のステージに乗りたい」という希望を持っていた為、 両者の思惑は一致し(笑)、 「協力体制」は容易に成立した。
更に相談した結果、2人がそれぞれ1曲ずつオルガンを担当する事になった。 具体的には、 M.S.さんがフォーレのオルガンを担当し、 私はデュリュフレのオルガンを担当…我がメインターゲットはデュリュフレ!
「デュリュフレのレクイエムにはグレゴリオ聖歌が使用されている…」
こんな記載をCDの解説に見つけた。 どうやら、 デュリュフレのレクイエムを理解する為にはグレゴリオ聖歌へのアプローチが必要なようだ。 私は、 インターネット上でグレゴリオ聖歌の楽譜を探してみた。
ところが…無い。 いわゆる五線譜に書かれたグレゴリオ聖歌というものが見つからないのだ。 色々調べていくうちにやがて合唱指揮者のうっちいさんから、
「グレゴリアンを近代五線譜で、というのは邪道っすーーー!」
のような話を頂戴し、 グレゴリオ聖歌はネウマ譜(neuma)で読むしかなさそうだ、 という事も分かってきた。 しかし、 ネウマねぇ…今更ネウマの読みかたを勉強するというのもかなり手強そうだし、 どないしょ(+_+;)
無事終了。 これから数日間、 本番の余韻にどっぷりと浸ってしまおう(笑)
「樂譜が無い〜」とばかりぼやいていても仕方がない。 グレゴリオ聖歌"missa pro defunctis"(レクイエム)のCDを入手した。 早速、 デュリュフレのレクイエムの樂譜を眺めながらグレゴリオ聖歌"missa pro defunctis"のCDを聴くことにした。 デュリュフレのレクイエムでグレゴリオ聖歌がどのように用いられているのかを 把握しようという算段だ。 まずは"Introitus"と"Kyrie"という、 2つの楽章を聽いてみる。
感想・・・「ううむ、こいつは『編曲』ではないかっ!?」"Introitus"と"Kyrie"とについては、デュリュフレのレクイエム中に、 グレゴリオ聖歌の原型の旋律を容易に発見する事ができる。 デュリュフレは非常に忠実にグレゴリオ聖歌をトレースしているのだ。 グレゴリオ聖歌の重要さを否応なしに知らされる。 デュリュフレのレクイエムの中でのグレゴリオ聖歌の「編曲」方法、 グレゴリオ聖歌がどのように扱われているか、 これを探る事がこの曲を理解する上で重要だと思った。
ところで、 フォーレとデュリュフレのレクイエム、 どちらが「取っつきやすい」曲なのだろうか? 多くの人は「フォーレ」と答えるだろう。 実際、 フォーレのレクイエムは非常によく知られた曲だそうだ…
…「そうだ」と書いた、 というのは、私はこの2曲は全く無知なのである(+_+;)。 この2曲は、私にとっては、「無知な曲」という点では同列だ。 いや、 むしろ、 私にはデュリュフレの方が「取っつきやすい」かも知れない。 その理由を以下に述べてみる。
私はこの2曲に関して、 自分自身の「音樂的な感覚・感性」をアテにはしていない。 なぜかといえば、 19世紀後半以降の音樂は私の守備範囲外の時代の曲(^^;)だからだ。 そしてもう1つ、 私の想像が届かないであろうフォーレとデュリュフレの「キリスト教に対する信仰心」だ。 フォーレとデュリュフレ、 両者共に非常に敬虔なクリスチャンであったと聞く。 彼らの深い「信仰心」は、 「レクイエム」を生み出す重要な源泉の1つだっただろう。 しかし私(=葬式仏教的臨済宗(^^;))は、 彼らの「キリスト教に対する信仰心」を理解するほど想像力や感性が豊かではない。 直感はあてにならない。 理論的な考察の裏付けが必要だ。
「理論的な考察」を行うに当たって考えると… 私は、 フォーレについては「理論的な考察」を行う為の「鍵(キー)」を持っていない。 それに対して、 デュリュフレについてはその「鍵(キー)」の存在の1つを知っている。 すなわち、 「グレゴリオ聖歌」だ。 グレゴリオ聖歌はデュリュフレのレクイエムを理解する際の1つのキーになる。
…ということなのだ。 少なくとも今の段階ではデュリュフレを選んだのは正解だった…と「直感」(←矛盾(爆))している。 この「直感」が当たっていますように…。
デュリュフレのレクイエムで、 グレゴリオ聖歌がどのように編曲されているかを見てみるため、第1曲「Introitus」を斜め読みしてみる事にした。 まず、「本歌」、グレゴリオ聖歌を見てみる。グレゴリオ聖歌の「Introitus」冒頭部分を五線譜で書くと、 以下のようになる。
(以前の日付で述べたとおり、 グレゴリオ聖歌の正式な楽譜は四線ネウマであり、 近代五線譜ではない。 上の五線譜はネウマ譜、 CD等に基づいて私が独断的に書き下ろしたものである。またネウマ譜には、近代的な楽譜における「音価」という概念は存在しない。上の楽譜の八分音譜と四分音譜の違いも、決して八分音符が四分音符の1/2の長さというわけではなく、四分音符のほうが若干長め、という「一応の目安」を示しているにすぎない。)
これを踏まえて(←どう踏まえるのかは意味不明瞭(笑))デュリュフレのレクイエムの「Introitus」を読み流してみる
開始部分は上の通りだ。 男声パートにグレゴリオ聖歌が原型どおり現れている。旋律自体は古典和声のF-dur(ヘ長調)を示しているように見えるが、和声付けは意表をついている。D上の7の和音が中心なのだ。
第1曲の中間部は、 以下のような具合だ。
グレゴリオ聖歌は音位を変えながらもほぼ正確にトレースされている。 (樂譜に示した一節では、 末尾がわずかに異なっているだけだ。そのわずかな相違も旋律全体の形を崩すほどのものではない)
そして第1曲の第3部分。
グレゴリオ聖歌は器楽側に移動する。 即ち、 第1ヴァイオリンが聖歌の旋律を演奏し、 第2ヴァイオリンがこれを4度下で追う。 およそ「4度のカノン」だ。 一方、 声楽はグレゴリオ聖歌とは関係ない和音を担当する。 この部分、 ヴァイオリンパートは"espressivo"と指定されている。 この指定は合唱パートには存在せず、 それ故、 この部分では、 主旋律は器楽側にあり、 合唱は伴奏なのだということができる。
こうして流し読みすると デュリュフレのグレゴリオ聖歌に対峙する姿勢を伺う事ができる。 要するにデュリュフレはグレゴリオ聖歌原曲の「持ち味」を尊重し、 ほぼ原型のまま扱っているのだ。
更に、後半におけるグレゴリオ聖歌旋律が器楽に移動する手法は注意する必要がある。 デュリュフレのレクイエム全体における器楽とグレゴリオ聖歌の関係は今後も注意していく必要がありそうだ。
ところで「Introitus」にオルガンは? 無いんですね(笑)。 オルガンは第2楽曲「Kyrie」から登場します(^^)。
1月9日以來、 「グレゴリオ聖歌中のデュリュフレのレクイエムを理解するに必要な部分を五線譜に書き直す」 という作業を開始。 とにかくネウマ譜を直接読んで色色調べる等というのは私には「苦行」(爆)なのだ。 五線譜に直してしまおう、 という算段。 それがこの日、 一応完成した。 五線譜のグレゴリオ聖歌はこちらに掲示してあるので参照されたい。
やはりネウマ譜よりも五線譜のほうが読みやすい。 読みやすさが違う。 これでかねてからの懸案であった 「デュリュフレのレクイエムにおけるグレゴリオ聖歌の扱いを調べる」 という作業を行うための前提條件がようやく整ったことになる。 よおし、 一挙にデュリュフレの譜読みが加速する…といきたいところだが? 俺は怠け者だからそうはいかないだろうな☆\(--;)
私は「グローリア」ではアンサンブル(管弦樂隊)に屬している。管弦樂隊の本格的な合同練習は6月からであり、いわば只今は「冬眠中」。しかし一方で「合唱隊」のほうはすでに2月から練習を開始していた。なかでも本日の「合唱隊」の練習は大規模なもので、その後にちょっとした宴会まであるという。私は何しろ「練習よりも宴会の方が好き」という不真面目人間。宴会参加を申し込み、出かけることにした。
私が到着したのは午後6時。すでに宴会が始まって一時間が経過していた。一部すでに醉っ払って顔が赤い人もいる。私はいろいろな人に挨拶して回った。 2人の指揮者(K先生とうっちい氏)にも再会。昨年の演奏会以来だ。總合首謀者…もとい、代表のSさんとも昨年の演奏会以来の再会。久しぶりの音樂談義に花が咲く。
今回の私の宴会参加目的は、合唱団の人々と親睦を深める(←というと聞こえが良いが要するに単に酒席にまかせてくだを巻く。最低!)ことだったが、それ以外にもう1つあった。指揮者のK先生にグレゴリオ聖歌の五線譜書き下しを差し上げ、内容をチェックしていただくというものだ。
早速、K先生に、「先生、実はこういうアヤシゲなものを…」
K先生「ほお、また何か研究ですか…」とページをぱらぱらめくるうちに、「うぉっ、これはすごい!いやぁ、助かります」…って、あのぉ〜、先生、そんな、助かるなんてものじゃないッスけど…かなり「道楽」で作ったところがあって、ミスが混入していそうだし、解説はなぜか日英韓の三か国語だし(笑)
宴会終了後、さらに騒ぎたい人数人で二次会。むろん私もひょいひょいと加わった。ここでの収穫は来年度のグローリアの曲目がアタリがついたと言うことかな?>代表S樣
3月27日。ついに管弦樂隊始動の合宿練習である。グローリアアンサンブルの、演奏会曲目の「譜読み」はいつもこの合宿で行われるのだ。合宿のスケジュールはおよそ以下の通りである。
例によって(笑)グローリアの演奏会に直結する練習時間は、2日間でわずか4時間程度しかない。あとは自由宴会と称した何でも有りのアンサンブル大会+酒飲み会だ。
まず、このわずか4時間程度で気がついた点を記してみる。
フォーレは比較的うまくいった。これは曲自体が「現代曲ではない」事と(^^;)、指揮者うっちい氏をはじめとした皆が曲に馴染んでいることが大きかったようだ。
なんと言っても課題が浮き彫りになったのはデュリュフレの譜読みだ。この曲、「歌唱を含めた全パートが揃わないとさっぱり曲が分からない」という気がしてきた。鍵盤は全休符小節が多く、小節拍節を数えたり、スコアとK先生の指揮棒とを交互に睨みながら「入り」や速度を確認したりするのだが、それでも拍節のカウントがうまくいかないのだ。 特に"Domine Jesu Christe(Offertorium)"の後半や、"Libera me"で著しい。
例えば、"Libera me"の以下の部分はオルガンにとって「鬼門」だ。
(上の樂譜は3段になっている。各々の段で編成がまちまちなように見えるが、これは休符のパートを省略して書いているからである。)
オルガンは(1)と記した部分で登場し、最初はフェルマータで停止する。合唱女声の入り((2)で記した部分)で曲が再び動き出し、この動きはヴィオラとチェロに受け継がれる((3)で示した部分)。
さて、今回は器楽隊の合宿練習だから、当然合唱は存在していない。この楽譜で合唱が存在していない環境で練習することを考えて欲しい。すると、オルガン単独でテンポを律する必要がある。これは容易ではないことが分かっていただけると思う。実際、この合宿練習ではこの部分については解決できなかった。
ただ、私のアンサンブル能力が錆び付いてきていることも考えなければならない。周りを見ると、皆正確に拍をカウントし、正確に入る。拍のカウントは私が一番下手くそなようだ。おまけに時々K先生の指示を見落とすというテイタラク。デュリュフレの曲自体の難しさもだが、私のほうも「グローリア」の事実上の1年間のブランク(昨年の「グローリア」は不参加に近い形態であった)で、アンサンブル能力が低下したようだ。焦りを感じる。
いやもう、はっきり言って「何でも有り」なのでこちらはオモロカッタぞ(^^;)。実にいろんな曲のアンサンブルを弾いたり聴いたりした。その中で、ブランデンブルク協奏曲第3番の第2樂章カデンツァでシェヘラザードをぶち込んでみたり(←なんだそれは)、ヴィヴァルディの「調和の霊感」でめちゃくちゃなアドリブを入れたり、色々スタンドプレーさせていただきました(←馬鹿)。しかしなんと言っても一番の收穫は私が只今作曲中(=錯曲中)のピアノトリオの第1樂章を初めて公衆の面前に披露したと言うことでしょう(※註)。今回の合宿練習の一番の成果はこれか?(オイ)
最後に、K先生、うっちい樣、遠路わざわざお越しいただきありがとうございました。来年の合宿練習では是非お泊まりを☆\(--;)コラ
※註:このピアノトリオについては「音楽ひとりごと」のNo.21を参照。初めて着想してから第1樂章完成まで10年以上経過している(^^;)